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大卒初任給1万円の時代に1戸233万円!高級分譲マンション「四谷コーポラス」、当時の暮らしぶりを徹底紹介!
昭和31年に竣工した、民間分譲マンションとしては日本初といわれる四谷コーポラスの建て替え計画が決定しました。竣工当時、高級分譲マンションとして高水準の生活サービスを提供した四谷コーポラスの間取りや室内を、解体工事直前の取材写真と共にご紹介します。
※この記事は、2017年11月にマンション・ラボに掲載したものを、一部編集して再掲載するものです。
大卒初任給1万円の時代に、1戸233万円!で販売された高級分譲マンション!
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四谷コーポラスは、昭和31年、四ツ谷駅(当時は国電)から徒歩5分の住宅街に誕生した、現在の民間分譲マンションの先駆け的な高級マンションでした。
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昭和31年当時の大手企業大卒の初任給1万円の時代に、1戸(3LDK・23坪)233万円という販売価格で売り出され、大学教授・大手企業社長・弁護士といった職業の人々が購入した、当時最先端の高級分譲マンションでした。
めずらしいメゾネットタイプの間取りや生活動線
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四谷コーポラスには、3LDK・23坪のメゾネットタイプと、2LDK・15坪のフラットなタイプの2種類の間取りが用意されていました。この当時、メゾネットタイプのマンションが設計されたというのは画期的なことではないでしょうか。
エレベーターはありませんが、1階から入って1・2階を使うメゾネットタイプの住戸、4階から入って3・4階および4・5階を使うメゾネットタイプの住戸、そして1階にフラットタイプの住戸4戸が設けられました。分譲マンションながら、コーポラティブハウスや一戸建ての感覚です。
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奥にリビングが縦長に続きます。ダイニングとリビングはしっかりと区分けされています。
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水まわりの動線がうまくまとめられています。
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ひとつのマンション内で、うまく上下階を使って区分けしてある点は、
いま見ても斬新で独創性を感じます。
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子育てや、親子で住む「近居」の実践
建て替え推進委員会 委員長(当時)の島田勝八郎さんに、四谷コーポラスのメゾネットタイプでの暮らしのお話を伺いました。
島田さん
「子育て中は助かりましたね。私が仕事から遅く帰ってきて、まだ小さかった子どもが上で寝ていても、物音にあまり気遣いすることなく、下でテレビを見たり食事したりできました。マンションだけど、一戸建てのような良さがありました」
島田さんはもともとご両親が購入された4・5階のメゾネットの部屋にお住まいでした。結婚した島田さんが住んだのは1・2階のメゾネット。その後、ご両親にはエレベーターのない4階への上がり下りが大変だろうと、お部屋を交換。さらに、メゾネットに隣接したフラットタイプの部屋をつなげてリノベーションされました。
最近人気の同じマンションに家族で住む「近居」スタイルが、四谷コーポラスではすでに先取りされていたのですね。
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古い集合住宅では、戸境壁が構造躯体ではなかったので可能だったリノベ事例です。
実際、四谷コーポラスの部屋は住民に人気で、空室が出るといち早く住民が買うことも多かったようです。やはりマンションの魅力は、住民が一番よく知っているのですね。
宅配ボックスの先駆け、統一されたデザイン、コンセルジュサービス
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小さい扉は、食料品の配達やクリーニングの取り次ぎにも使われていたのだとか。
昭和31年当時、すでに現代の宅配ボックスの概念が先取りされていたのだから驚きです。
このほか、当時最先端の洋式トイレやダストシュートが設けられていました。
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昭和の古き良き時代の建築とコミュニティを振り返ることの大切さ
古い集合住宅は、建物としての寿命の問題で建て替えることになりましたが、その設計コンセプトや仕様、そこで醸成されたコミュニティには、いまなお学ぶべき点が数多くあります。
解体前の一般公開の場は、古い建物を見送る儀式であり、多くの人の記憶に留める良い機会です。こうした記録や記憶が、過去の集合住宅の知見やコミュニティづくりの秘訣を次世代に伝えていくのではないでしょうか。
写真・資料提供:旭化成不動産レジデンス株式会社
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