前代未聞のセルフビルド建築 ~沢田マンションが今の時代に問うこと~ 【第一回】沢田マンションって何?
マンションは建設会社が主体となり、さまざまな業者が関わって作るのが常識。ところが設計から基礎工事、さらには内装まで、なんと夫婦ふたりだけで作り上げた物件があるのです。それが、高知県高知市にある沢田マンション。建物は地下1階、地上5階建ての鉄筋コンクリート造り。土地面積は550坪。初めて聞く人は、にわかに信じられないかもしれませんね。それでも1972年に入居を開始して以来、今も多くの住民が生活を営んでいます。
建築のプロも注目をする
唯一無二のマンション
沢田マンションが建つのは高知市薊野北町。JR高知駅から車で10分ほどの住宅街です。建てたのは、沢田嘉農さん(故人)と裕江さんご夫婦。まずは建て売り住宅の建設からスタート、すべてを自分たちだけで作るセルフビルド建築のキャリアを重ね、その集大成として沢田マンションを手がけました。1971年に着工、全3期に分けて工事を進め、現在の規模に至ったのが1985年といわれています。
夫婦ふたりだけで建てたマンションは噂となり、やがてマスコミの目に留まることに。テレビで「高知の九龍城」などとユニークなマンションとして取り上げられることもありました。興味本位で報道される一方、建物としての価値を見いだした建築の専門家が各地から訪れるようになります。常識に囚われない工法。自在なパブリックスペース。工夫の数々。一般のマンションではまず見ることのできないものが、あまりにも多いのです。
では、住み心地はどうなのでしょうか。現在、総戸数は68戸ですが、ほとんどの部屋が埋まっている状況。比較的年配の居住者が多いものの、若者の入居者も増えているそう。いったい、沢田マンションのどこが人を惹きつけるのでしょうか。ここからは、その内部をご紹介しましょう。
建物内を巡るスロープが
バリアフリー時代に対応
沢田マンションは外壁が白いペンキで塗られており、どっしりと重厚な雰囲気。地下が駐車場で1階から4階まで賃貸の居住区、5階に大家の沢田裕江さんと2人の娘さんのご家族が住んでいます。建物の入口に立つとまず目に入るのが、野菜やお米の無人販売コーナーとショップの手造り看板。ここが居住者以外の人々にも開かれたマンションであることがわかります。
ゆるやかな坂を上り、敷地内へ。1階の入口に近い場所はテナントになっていて、リラクゼーションショップ、ギャラリーカフェ、イタリアンカフェが入っています。ギャラリーは住民のひとりが主宰し、二十数名のアーティストが順次作品を発表しているそう。ギャラリーを併設し、身近にアートがあるマンションなんて、ちょっと素敵です。
テナントの前からは、2本のスロープが延びています。1本は地下駐車場へ向かう下り坂。もう1本は上階へ向かう上り坂。この上りのスロープは2階と3階に枝分かれし、さらにマンションの内部を突っ切り裏手に回り、4階、5階へと続きます。このスロープが沢田マンションのメインストリート。上階の住人も玄関から自転車で外出でき、その気になれば軽自動車なら3階まで行くことも可能です。ちなみに、沢田マンションには1階から5階直通の資材運搬用リフトはあるものの、エレベーターはありません。そのかわり、第3期工事終了後に増設されたのがスロープなのだとか。沢田夫妻の自由な発想が生み出した、電力いらずのバリアフリー設計ともいえます。
建物の中を歩いていると、気づくことがいくつもあります。例えば、緑が驚くほど多いこと。スロープ沿いで柿が実り、4階で松が伸びやかに枝を張り、そこかしこで季節の花が咲く。よく見ると、各階の外壁部分には土が盛られ、ひと続きの花壇になっています。この花壇は住民が好きに使えるようになっていて、草花を植えるだけでなく家庭菜園として利用する人もいます。何階に住んでいても1階で暮らすような環境を提供したい。その思いが大がかりな花壇を設置する動機になったそう。
今でこそ積極的に取り入れられる
屋上緑化のルーツがここに
“何階でも1階のような暮らし”を最も体現しているのが、5階にある沢田家の住居でした。建物の頑丈さには自信があるから、と最上階に居を構えた沢田さん。敷地はおよそ100坪あるのですが、庭には何種類もの樹木が茂り、ニワトリが元気に走り回っています。外に目をやれば、眼下に高知市街地を望む素晴らしい眺望。その眺めがなければ、5階だとはとても思えません。
庭には屋上へ続く螺旋階段が設置されています。屋上にも、やはり驚きがありました。そこは沢田家の家庭菜園。いえ、約60坪もあるのですから、立派な農園です。栽培するのはお米や季節の野菜など。そもそもの発想が、断熱のために土を敷き田畑を造ったといいます。今でこそ屋上緑化は各地で積極的に取り入れられていますが、沢田マンションは1970年代半ばからこのスタイル。自分のマンションにも、こんな屋上があったら……。つい、そんなことを考えてしまいます。
すべての部屋が異なる間取り
短期滞在用に貸し出す部屋も
沢田マンションは長屋的な造り、といわれます。その理由は、一風変わったベランダの設計にありました。通常マンションはプライバシーに配慮し、ベランダも戸別に板などで仕切るもの。ところが、沢田マンションのベランダには仕切りがなく、まるで廊下のよう。自由に行き来が可能なのです。そのため、カーテンを開けていれば誰に室内を覗かれても文句が言えないのですが、逆にオープンであるのはコミュニケーションをとりやすいことでもあります。これは、老人の入居者を念頭に置き、沢田さんが敢えて意図したこと。ここでは、時に隣人の顔さえ知らないマンションとは異なる連帯意識が住人の中で生まれているようです。
居住空間の設計も、実に独創的です。いくつか部屋を覗かせていただいたところ、同じ間取りはありませんでした。聞けば、すべての住居が異なる間取りだといいます。どうせ自分たちでやるのだから、と沢田さんが1室ごと考えながら造ったのだとか。ちなみに、完成当初は全部で85室あったそう。その後、スロープを造るために部屋を潰したり、小さな2部屋を改築して1室にしたりして、総数は減り現在に至ります。
利用法としては賃貸住宅とテナントのほか、ウィークリーマンションとして短期滞在の宿とする部屋も。マンションとしてはあまりない発想ですが、都心部でも立地条件によれば空室の有効活用になる可能性もあります。
今回、沢田マンションの中を歩いていると、改装中の部屋がありました。沢田一家が木材を切り、玄関を建て付け、黙々と働いています。建物自体の大きさはもう変わりませんが、内部は今も変化を遂げています。沢田マンション、まだまだ進化中。時代と共に変われる柔軟性があるのも、魅力のひとつかもしれません。
※本記事は2012年に取材したものです。
現在の様子と異なる場合があります。
あらかじめご了承ください。
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