多数決だけじゃない!『「決め方」の経済学』に学ぶ、マンションの合意形成に適した決め方とは?
突然ですが、多数の意見をまとめるには、多数決が一番平等だと思っていました。でも、目的や状況によっては、そうともいえないようです。
目的に応じて、さまざまな「決め方」や「みんなの意見のまとめ方」がある、と慶應義塾大学経済学部 坂井豊貴教授は言います。
今回は、坂井教授にマンションでの意見のまとめ方についてお話をうかがいました。
※本記事は、2018年にマンション・ラボに掲載したものを、一部編集して再掲載するものです。
●多数でひとつの資産を共有する「分譲マンション」の難しさ
「他人とモノを共有するのは、難しいことです。だから僕自身はマンションを選ばないですね」と坂井教授。最初から笑顔で凄い発言をいただきました。
坂井さん
マンションの住民は、みんなそれなりのお金を払って買ったのだから、“これは自分のものだ”と思っています。しかし実際にはマンションは、敷地、建物、共用部分など、自分の部屋以外のすべてを他の人と共有している。共有物だから、自分の利害に関することだけを要求する訳にいかない。お金を払って手に入れた筈なのに、自分の好きなように自由に使えないのはどういうことだ?ってなりますよね。その難しさがありますよね。
購入した人の中には、マンションはみんなの共有物ではなく、「自分の家」だと思い込んでいる場合もありますが、マンションはみんなの共有物であり共有資産。その点をよく考えて、購入している人は少ないかもしれません。
坂井さん
「集団的意思決定から逃れられないのが、マンションの宿命です。だからみんながメンバーシップ(構成員)であるという感覚と、公共心を持たないといけない。でも、自分の家だと思っているものに対して、公共心を持つのはすごく難しいですよね。」
たくさんの住民の意見をまとめるには、「マンション=みんなのもの」という考え方の浸透が重要なのかもしれません。
●マンションの合意形成—実は多数決だけがすべてではない
ほとんどのマンションで、さまざまな議案は多数決で決定します。それは、多数決が、公正で当たり前だと考えられているからです。しかし、実は多数決以外にも、いろいろな決め方があるようです。
坂井さん
「多数決だけが、ものの決め方だと思っている人が多いと思うのですが、多数決は選択肢が3つ以上あると票割れの影響を強く受けてしまうという大きな欠陥があります。主観や一部の声の大きい人の意見、イデオロギーに左右されないためにも、「ものの決め方」は、客観的に分析されるべきです。「ものの決め方」に数理モデルを使う経済学の考え方は、客観的分析に最適です。そして、マンションのような共有物にもこの考え方は当てはまります。」
坂井さん
「たとえば票割れという欠陥を抱える多数決の代替案として有効な『ボルダールール』は、きわめて民主的で、意見のグラデーションをすくい上げるものとして最適です。皆から広く支持される選択肢が選ばれます。満場一致が実現できないなら、せめて皆から広く支持される選択肢を選びたいですよね。決め方次第で結果はまるで変わってきます。決選投票を付けるのでもボルダルールにするのでも、多数決以上に全体の納得感が高い結果になるはずです。」
●マンションのエレベーター改修費用分担を決めるシャプレー値
坂井さんの著書『「決め方」の経済学』(ダイヤモンド社)では、マンションのエレベーターの改修費用分担というケースで、「シャプレー値」という決め方を解説されています。
坂井さん
「これは極端な例ですけれど、たとえば5階建てのマンションで、エレベーターの改修工事が発生した。でも1階住民は「使わないから工事費用は払わない」と主張したとします。それに怒った他の階の住民が結託して、「改修費用はすべて1階住民が支払うべきだ」と議案を提出して、多数決で可決されたら? 多数決ってそういう暴力的な可能性をもっているんですね。
坂井さん
「そもそもマンションのエレベーターって、自分の住んでいる階しか使わない。では、受益者負担の観点から、住む階によって受益負担って変わるよね、ということで負担の分配を考えたのが上記の「シャプレー値」の図です。
ただ、1階の住民だってエレベーターがあるマンションに住んでいることで利益があります。では、その点をどう折り合いをつけるかと考えると、改修費用のうち何割かをシャプレー値にして、残りは均等負担にするという、数学的にいえば「凸結合」の値を求めて、住民を納得させる方法もあります。現在は専有面積によって負担割合を変えていると思いますが、このように費用負担をフェアに決める方法もあるということです。
決め方の計算方法、とても興味深いです。坂井さんによると、「凸結合」にするにしても「シャプレー値」の割合によって、人の感じ方が変わるので、そのピーク点の真ん中を取るのが優れた決め方だということです。決め方の数式を考えるのも、人の感じ方に応じて調整できるというのが新しい発見でした。
●マンションは「ミクロな国家」である
坂井さん
「マンションは、ある意味ひとつの国家ですよね。民主制国家の縮図のようになっているけれど、幸い、国家より人数は少ないのが救いです。日本の政府だと大臣がコロコロ替わっても、官僚機構が実務を支えているので回っている。マンションも、理事が輪番制で替わっても、官僚機構のように住民をサポートするコンサルテーションがあればうまく回っていくのでしょう。」
マンションのいわば「官僚機構」を担っているのが、管理会社かもしれません。理事未経験の住民が参加しても、管理会社のサポートがあるからこと、問題なく業務が遂行できます。
●コミュニティの醸成度はどう測るのか?—指標づくりの実験
いま、中古マンションの市場価格の評価は、築年数・構造・耐震性・駅からの徒歩時間・デベロッパーなど、ハードの面が主な指標となっています。
一方、マンションコミュニティの醸成度や良好な交流状況などのソフト面の評価は、市場価格の評価には含まれていません。実際、コミュニティの醸成具合を数値で「見える化」するのは難しいことです。コミュニティを指標化するにはどうしたらよいのでしょうか?
坂井さん
「マンションを、良好なコミュニティのあるグループと、ないグループの2群に分けて、過去10年の市場価格の推移との相関性を分析してみるだけでも、ある程度わかることはあると思いますよ。住民には、コミュニティの有無についての主観的な7段階アンケート(コミュニティの有無、年間イベント開催数/参加者数、総会の参加率など)を実施して、主観的なデータを指標化する方法もあります。
まずシステムを作ってみて、それから分析の精度を高めていくのが一番よい方法です。やってみるのが一番ですね。あと、これは思いつきなんですが、『食べログ』のように、マンションコミュニティの満足度を主観的にレーティングするサイトがあっても面白いかもしれません」
(まとめ)
「物事を決めるには、多数決という考え方が公平で当たり前」と長年信じ込んでいた私たちにとっては、今までの常識を根底から覆す、刺激的なお話でした。
外からは見えないコミュニティ度合いが数値化されたり、レーティングサイトができたりしたら、コミュニティの特色でマンション選びができるようになるかもしれません。
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